刻まれた花言葉と精霊のチカラ ―精霊と守り人少女の永遠の物語―

第一章『日常』 ブライトウッド

006 過去の守り人


 リーフとテラ、ふたりの共同生活が始まって10日が経った。

 今日もいつものように森に来ていたふたりは、神殿が現れた少し開けた草地の近くで薬草を採取していた。


 テラは神殿が現れた日のことをふと思い出し、リーフに訊ねた。


「ねえ、リーフ。私って守り人よね? 守り人の仕事ってどうしたらいいのかしら。あの神殿の守り人って言ってたじゃない?」


『神殿の守り人』というのは、かつてのリーフの守り人、テラの先祖の守り人が毎日神殿に通い、文字通り、神殿の守り人として周囲に認識されていたのもあり、リーフも『神殿の守り人』と言ったのだけれど、正確には神殿の守り人というより、リーフの守り人である。


「うん、そうだけど……今はいいかな。神殿は隠してあるから」


 リーフは少し困ったように答えた。


「そういえばあの神殿、今まで見たこと無かったもの。聞いたことも無かったし。ずっと隠してるの?」


 リーフは、かつての守り人を失った日の夜、一夜にして神殿と神殿のそばに立つオークの木を消失させ、突如消えた神殿とオークの木は800年の間に忘れ去られ、この村には『かつてどんぐり信仰があった』という昔話しか残っていなかった。


「アクォリア神殿、昔はそこに在るものだったんだけど……」


 リーフは少し言いづらそうに、言葉少なに話した。


「アクォリア神殿っていうのね。ご先祖の守り人さんは神殿で守り人をしてたのかしら」


「……毎日通ってくれてたの……」


「そうなんだ! 毎日リーフに会いに森へ入ってくれてたのね」


「……うん…そう……」



 ライルのこと、そのうち聞かれるかなと思ってたけど……

 これ以上聞かれたら……



 聞かれたくなかったな、と思ったけれど、いつかは聞かれるとは思っていた。

 その時が来たら言うしかないとも思っていた。

 これ以上聞かないで、と思いつつも、早く言わないと、とも思うし、どうしよう……とリーフは考えがまとまらない。



 ……?

 リーフ、元気ない……?



 テラは、リーフがシュンとして元気がなさそうで心配になったのだけど、自分の先祖でリーフの守り人だったという人にはとても興味があるし、神殿を隠している理由も気になった。

 だけれど、それ以上にどうしても聞きたいことがあった。



 ◇ ◇ ◇



 その日の夜。

『守り人』のことが気になっていたテラは、少し遠回しな言い方でリーフに訊ねた。


「リーフはこれまで何人の守り人と一緒に過ごしたの?」


「テラの前は、ひとりだけ」


 やっぱり聞かれるよねと、少しばかりぶっきら棒な言い方になってしまい、つい、フイッと顔を背けてしまう。


「ひとりだけ……ということは、私が二人目なのね。一人目は私のご先祖の?」


「そう。テラの先祖で、ライルという名の男の人」


 リーフは顔を背けたまま、なるべく動揺を悟られないよう、声の調子を変えないようにテラの問いに答えるのだけど、リーフの顔が見えないせいか、テラの質問攻めは終わらなかった。


「その、ライルさんとは……死別……だったのかな?」


 テラは、契約を解除したのか、それとも最期まで共に過ごしたのかが気になっていて、それを聞きたかった。

 どうしても自分と重ね合わせて考えてしまうから。



 リーフは、いきなり死別かと聞かれ、答えに迷った。

 リーフはテラに話していないことがあって、それは言わなければならないことで。

 本来なら契約時に言わなければいけなかったことで。


 リーフは、言うなら今しかないと、切り出した。

 今じゃなければテラに不審に思われてしまうと思ったから。


「そうなるね。800年くらい前かな。ぼくのせいで死んだの。守護が効いてたら、不死だったのに」


 リーフは動揺の色を隠しきれないままテラの方に向き直り、真剣な眼差しで意を決したように応えた。


「えっ! ごめん、あの、ちょっといい? 守護が効いてたら不死なの!?」


 思いもよらないリーフの告白に、テラは激しく心を取り乱された。


「言ってなくてごめんね。ぼくの血の契約はとても強力で、ぼくと契約をすると、守り人は不老不死になるの」


 リーフはとても大事なことを隠していた。

 リーフとの契約は人が人でなくなる契約。

 断られるのを避けたかったばっかりに、血の契約の時に伝えなかった大事な事。



「……え……じゃあ私も……不老不死になったの?」


 予想もしなかった言葉にテラは声が震えた。

 目の前の愛らしい精霊が、一瞬だけ恐ろしい神に見えた。


「怒った、よね……先に言わなくてほんとにごめんね……ただ、契約を解除すれば、元に戻る……から」


 これでテラが契約を解除したいと言っても、ぼくにはどうすることも出来ないし、受け入れるしかないとリーフは覚悟した。

 覚悟と同時にもう消えてしまいたい、とさえ思った。

 テラを失うなら人間界にいる理由も無いのだから。



「で、でも、ライルさんは亡くなったのよね? どうして?」


 不老不死になったはずのライルは亡くなった、それを不思議に思ったテラは、当然の疑問をリーフにぶつけた。


「それには理由があって、ぼくのせいなの。ぼくの力がまだ弱くて、一時的に守護が効かなくなって……助けられなかった……ぼくのせいで、ライルは死んだの」


 ぼくのせいで死んだと話すリーフは、体の輪郭がぼんやりと霞んで、向こう側が透けて見えそうな、今すぐにでも消えてしまうんじゃないかというくらい、儚く脆い存在に見えた。



「………」


 テラは返す言葉が見つからず、何を言ってもリーフがいなくなりそうに思え、言葉が出ない。



 リーフの力が弱かったから?

 だからリーフは強くなりたいの?

 毎日血を飲むと強くなるって言ってたよね?



 少しの沈黙を経て、リーフがボソリと弱々しい声で話した。


「……悲しくて情けなくて、今まで神殿ごと隠して、ずっと引き籠ってた……」


 自分のせいでライルを失い、誓ったはずの『永遠の愛』と『絆』が断ち切れてしまったことに耐えきれなかったリーフは、800年間、独りきりで人間界から隠れて過ごしてきた。

 それでも、隠れていた間も必要とあれば陰から力を使ってはいたし、強くなるために力を使うことは止めなかった。

 それはどんぐり精霊のさがでもあり、リーフの望みでもあった。

 しかし、それとは裏腹に、どんぐり精霊であることを否定する自分もいた。



「……リーフ……800年も……そんなに……」


 テラはなんとか言葉を口にしたけれど、何を言えばいいのか分からずにいた。

 ただ目の前にいるリーフがあまりにも辛そうで、消えそうで、痛々しくて。


「今度は死なせない、絶対に。今度こそ、永遠に……っ」


 リーフにはそれ以上の言葉が出てこなかった。

 守護した守り人を死なせた自分が何を言っても、嘘になる気がしたから。

 契約解除と言われる場面を想像して思考が埋め尽くされ、リーフの霊核は冷たく凍りついていく気がした。


 俯いて小さくなって言葉に詰まるリーフを見て、テラが彼の紡げなかった言葉の続きを紡いだ。


「永遠に…………私を守って一緒にいたい? ほんとはライルさんを守り続けて永遠に一緒にいたかったのよね? 私、知ってるの。どんぐりの花言葉。『永遠の愛』と『もてなし』でしょう?……花言葉は、その性質を象徴する言葉だもの」


 リーフはハッとして、テラを見上げた。



 テラは……

 ぼくの性質に気付いてたの……



 テラの言葉に、リーフは800年間ずっと抑えてきた何かがどうしようもなく溢れそうになる。

 リーフの緑色の瞳が潤んでキラキラと光っていた。


「どんぐりの精霊さんは寂しがり屋さんなのね。ねえ、リーフ。リーフって私くらいの背丈になれたりする?」


「……?……たぶん……テラと同じくらいなら……」


「お願い! ちょっとだけでいいから、今成長してみせてくれる?」


 テラは、小さなリーフが深く深く傷ついていて、800年経ってもその傷が癒えていないことに気付き、リーフは今もずっと泣いていると感じた。

 そして、そんなリーフを心から抱きしめたいと思った。



 テラの願いを受けて、リーフはぼんやりと体全体から光を発しながら、小さな手のひらサイズから、テラと同じくらいの背丈に変化してみせた。


 すると。


「!?」


 テラはリーフの背中を少しだけ強く、そして包み込むように優しく抱きしめ、耳元で囁くように話しかけた。


「リーフ、いままで悲しくて辛かったのね。与えてばかりのあなたが辛い時は、私が抱きしめるよ。でも、私が不老不死になったことは、早く言ってほしかったな」


 リーフを抱きしめながら、テラは彼の痛みを少しでも和らげたいと心から願った。



「ほんとに、ごめんなさい……」


「いいよ、もう。リーフとずっと一緒にいられるんでしょう? これから何年も、何百年も。永遠に」


「うん……血の契約は、ぼくにとって永遠の愛と絆を誓うものなの……」


 震える声でそう言ったリーフのエメラルドのような目から、大粒の涙がポロポロと零れ落ちた。



「そう、ありがとう、リーフ。大好きよ。たくさん泣いていいから。たくさん泣いた後は、また笑ってね」


 テラはそう言って、にっこりと微笑んだ。

 背中に感じるテラはとても温かくて、テラの声はとても柔らかで、リーフのすべてを優しく包み込んでいた。


「テラ。……テラの血の匂いは、ライルと同じなの。とても懐かしくて、とても悲しくて、とても大好きな匂い……」


 涙声でそう話したリーフは、この時生まれて初めて抱きしめられ、生まれて初めて涙を流した。

 テラは、リーフの目から零れ落ちる涙をそっとぬぐい、涙が乾くまで、じっと抱きしめていた。


 どんぐり精霊がその性質から、すべからく『もてなす』存在であるなら、守り人であるテラはこの世界で唯一、リーフを『もてなす』存在であり、リーフが守り人を必要とする理由。

 どんなに力を持つ精霊であっても『もてなす』だけでは擦り切れてしまうのだから。