刻まれた花言葉と精霊のチカラ ―精霊と守り人少女の永遠の物語―

第二章『旅』 ノーサンロード編

016 リーフの力


 フォークスエンドを出発し、旅を始めて5日目の爽やかな秋の朝。

 リーフとテラは、ついに大陸を縦断するノーサンロードへと足を踏み入れた。


「テラ? 雲ひとつない秋晴れだね」


「ええ。本当に爽やかで気持ちのいい朝ね! ノーサンロードに踏み出す第一歩よ。これから頑張らなくちゃ!」


 ノーサンロードの街道沿いには、宿場町や村が点在しているけれど、町を離れれば木々は鮮やかな黄色や赤に染まり、野草は秋風にそっと揺れ、その雄大な景色がどこまでも広がっていた。


 テラはまるで散歩を楽しむように時折足を止めて景色を眺めたり、リーフと軽く会話を交わしながら、その美しい秋の道をゆっくりと進んでいった。



 ◇ ◇ ◇



 色づく秋の風景を楽しみながら、薬草採取をしたり、小休憩を取っておやつを食べたり。

 秋の景色に溶け込むような、ゆったりとしたペースで足を進めて行く。


 その途中、フォークスエンドから10キロほど離れた辺りで、一つの植物が目に入った。

 葉はしおれ、茎は乾ききり、命の灯が消えかけているかのように見える植物――サルナシだった。


「こんなに日当たりが良い場所だと、土が乾ききっちゃうわね……だからしおれちゃったんだわ」


 テラが枯れかけたサルナシの葉にそっと手を添え、残念そうに呟いた。

 その言葉を聞いたリーフは少し首を傾げ、疑問を口にする。


「サルナシは日陰を好むから、こんな日当たりの良い場所には自生しない植物なんだけど。日陰がなくなったのかな」


 リーフの視線の先には、切り開かれた森の跡と新しく広げられた街道が続いていた。

 その景色を見渡し、リーフは考え込むように眉を寄せ、テラに声をかけた。


「テラ、ちょっと待っててね」


 そう言いながらリーフはテラの肩からふわりと地面に降り立ち、静かにつぶやいた。


「……リーフヴェイル」


 その言葉とともにリーフの足元から柔らかな光の環がゆっくりと地面に広がり、その一つ一つの粒子が土に吸い込まれるように消えていった。

 すると、しおしおになっていたサルナシの乾ききっていた葉が、瞬く間に艶やかに潤い始めた。

 次々と広がる生命力に満ちた緑の葉。

 そして、サルナシの枝には淡い緑色の果実がぽつり、ぽつりと実を結んでいた。


「すごい! リーフの力でこんなに元気になって、一気に成長して果実まで実らせちゃうなんて!」


 サルナシの果実は淡い緑色で、ほんのりと甘やかな香りがそっと鼻をくすぐる。


「サルナシは乾燥に弱くて枯れかけていたけど、でも、ここには日陰になるような木立とかあったはずなんだよね」


「この辺りは道が拡張されたみたいだから、街道整備のせいかな?」


「ぼくは本来、自然の生死には関与しないの。だけど、人の手が入ってのことだと思うから今回は特別に。周りの木々や草も少し成長させたから、これで日陰になる時間も増えると思うよ」


 リーフはテラの肩にふわりと戻ると、さらに説明を続けた。


「持続期間も1年にしたし、地盤に影響が出ない範囲で水脈をちょっとだけ操作したから、今後は土がカラカラになることはないと思う」



 リーフの説明に興味が湧いたテラは、その力についてもっと詳しく聞きたくなった。


 昨日はリスの怪我を治し、今日は植物の成長を早めたリーフの力が、一体どんなもので、自分にどんな影響があるのかを知りたいと思った。


 それは、血の契約からひと月以上が経って気がかりなことがひとつ出来たためで、今まで聞いてなかったリーフの力のことを、テラは初めてリーフに訊ねてみることにした。



「ねぇリーフ。力のこと、聞いてもいい?」


 テラはリーフを手のひらに乗せると、まっすぐにリーフを見て、真剣な表情で尋ねた。


「もちろん。何でも聞いて」


 リーフはにっこりと微笑んだ。



「その力は人にも効くの? 私にもその力がかかっててリーフに守護されてるのかな?」


「それはちょっと違う、かな。ぼくの力は人に対しても干渉できるけど、直接触れないといけないし、万能じゃないの。移動できない植物に対しては、大地で繋がってるから触れなくても広範囲に干渉できるんだけどね」


「昨日のリスがそうなのね。直接触れて怪我を治してたわ。植物に対しては大地を介してってことよね。これってどういう力なの?」


 テラは力の正体が知りたくなり、リーフを食い入るように見つめた。


「ぼくの力は自然の力を守護するもので、例えば、自然治癒力や自己再生力に干渉して、元々持ってる力を極限まで一気に引き上げる。それは爆発的な力になるの。この影響力は持続して、最低でも60日継続するよ」


 リーフはテラの興味津々な表情を見ながら、説明を続けた。


「それは安定のためで。この持続期間はコントロール出来て、最長で3年。安定さえすれば、あとは自然の力に任せられる。テラが採取する薬草に使ってる力もこれの応用なの。この力は外部から干渉して守護する力なの」


「なんだかすごいのね! 私もその、外部から干渉する力?……その力で守護されてるの?」


 テラはリーフを感心したようにキラキラした眼差しで見つめ、さらに尋ねた。



「テラに対しては全然違うよ。テラの血の傷口からぼくの体液、唾液みたいなものだけど、テラの体に入ってる。ぼくの体にはテラの血が入ってる。お互いの絆とぼくの体液の作用なの」


「リーフの体液が私の体に? だから私は……不老不死になったの?」


 リーフの説明に、テラは目を丸くした。



「うん、そう。不老不死というのは、ぼくの体液がテラの体中に回って、自然治癒力が桁違いになってるだけなの。それもすごい速さで治癒するから、老化もしないし怪我もすぐ治る。こうしている間も、テラの体の中では桁違いの自然治癒が働いていて、毎分毎秒、テラを守ってる」


「なるほど……。私の守護は体の中からってことなのね」


 リーフの話は分かりやすく、テラは妙に納得した。

 顎に手を寄せて、ウンウンと小さく頷くテラを見つめていたリーフは、説明を付け加えた。


「そう、これは内部から干渉して守護する力。だからテラには外から干渉する力は使ってなくて。内部から干渉するのが一番強力だし、外からと内からになると打ち消すというか、邪魔になるから重ね掛けはしないの」


 リーフにしてはとても珍しく饒舌な話しぶりだった。



 テラは、疑問に思ったことをさらに訊ねた。


「万能じゃないって言ってたけど、それは、どうして?」


「それは……重篤な状態だと、外からの干渉で自然治癒力を極限まで高めても、もう追いつかない場合もあるから。だから、人に対しては……ほとんど力を使ってないの。ぼくにもっと力があれば、別の方法があると思うんだけど……」


 守護の力が追いつかないほどの重篤な状態というのは、死が目前に迫っている状態。

 ほぼ決定的な死を回避する方法は全く無いわけではないのだけれど、ほぼ無いに等しい。

 人に対してほとんど力を使ってない理由は、人には感情があり、植物とは違うからだ。



「そうなのね。詳しく教えてくれてありがとう」


「どういたしまして」


 ここでテラが真面目な顔をして、思いもよらぬ発言をした。


「私にはリーフ菌が……」


「ええ……その言い方はどうなの? 精霊因子とでも言ってもらえると嬉しいんだけど?」


 リーフが笑いながら言うので、テラも笑いが込み上げて、ふたりは顔を見合せて笑い合い、和やかな雰囲気に包まれるのだった。



 テラはリーフの説明で、気がかりだったことの理由がなんとなく分かった。

 しかし、せっかくだからこの機会に精霊のことも聞いてみようと決めた。


「言える範囲で構わないんだけど、精霊のことを聞いてもいいかな?」


「うん。いいよ」


 リーフは微笑みながら、静かに頷いた。



「リーフがご飯を食べないのって、精霊だから? 精霊はみんなそうなの?」


「そうだね。人の体みたいな臓器はないし」


「ああ、そっか……そうよね。心臓もないってことよね」


 リーフの話に、テラは納得するしかなかった。

 人のようにしか見えないけど、精霊は人じゃない。



「血も通っていないし、肉も骨もないよ。霊的な存在だから人の肉体のようなものは持たないけど、脳に近いものはあるかな」


「脳に近いもの? そんなものがあるの?」


 テラはリーフに顔を近づけて、凝視するように見つめた。


「精霊の体の中には霊核というのがあって、霊核は人でいうと魂のようなもので、働きとしては人の脳に近いと思うよ。霊核は精霊の存在そのもので、思考や感情、そして力の源泉でもある。霊核は精霊の本体って感じかな」


「霊核は魂のようなもの……。なるほど、だから見えないのね。でも、守り人は精霊が見えるでしょう? 守り人の匂いが好きだから、守り人には見えるようにしてるの?」


 テラはさらなる疑問を投げかけた。


「ははは。霊核は守り人と仲良くしたいからね。仲良くしたいから精霊となって守り人の前に現れるの」


 リーフはおどけたように笑いつつも、精霊の性質を口にした。


「それじゃ、リーフも霊核から精霊になって守り人の前に現われたの? 契約したいから現れるのかな?」


「そう。基本的には、契約したいから精霊になって現れる。守り人には見えるといっても、精霊が現れようとしなければ見えないよ。それ以外で見えるとすれば、守り人とすでに契約している精霊とか。そうでない限り、守り人にも見えないよ」


「なるほど……。ねぇ、精霊になるときに花言葉を持つの? リーフはどんぐりの精霊でしょう? 霊核のときからどんぐりの精霊になるって決まってるの?」


 テラの素朴な疑問だけれど、リーフは少し驚いた。


「テラは本当に鋭いよね。花言葉は霊核に刻まれてるの。霊核は人々の強い思いや願いが集まった思念から生まれる。その思いは花言葉となって霊核に刻まれる。ぼくは霊核が生まれた時からどんぐりの精霊になるって決まってたよ」



 霊核は魂のようなもの。

 霊核に刻まれた花言葉は、魂に刻まれた言葉といえる。

 霊核は精霊のすべてを司る核であり、思念の結晶から生まれるもの。

 それは精霊の存在意義そのもので、決して抗えない絶対的なもの。

 これが精霊の生きる理由そのものであり、それを背負いながら生きることが精霊の本質だ。



「霊核に花言葉が刻まれている……だからリーフはどんぐりの精霊なのね。契約の時にリーフが言ってた……どんぐりの象徴も霊核に?」


 テラはリーフが話していた言葉を思い出した。

 花言葉と関連する、象徴的な言葉だ。


「よく覚えてるね。あの時はたしか……『小さなどんぐりから大きなオークの木に成長してまたどんぐりを実らせる。様々な動物たちがどんぐりを食べて運んで、自然界のバランスを保つの。良い土ときれいな水、若さと長寿、成功と成長、繁栄と豊穣、守護と安全』って言ったよね。これは、花言葉に内包されている意味、って感じかな」


 リーフの記憶力は精霊ならではで、精霊は忘れない。

 自分が言った言葉を、一言一句、漏らさずに再現した。


「そうよね。花言葉には意味が込められているもの。リーフがどんぐりの精霊だって意味が、こんなに深いなんて。なんだかすごいこと聞いちゃった気がするわ」



 どんぐりの花言葉『永遠の愛』は、人の愛情とは違って、自然と共にあるどんぐりそのものなんだわ。

 リーフの存在自体が永遠の愛を体現してるのね。

 豊かな自然が100年後も1000年後も永遠に続くように。

 そうしてリーフは『もてなし』、与え続けるのね――


 テラは、リーフを理解した気持ちになった。



「そう? またなんでも聞いて」


 リーフはニコニコと笑っていた。


「うん、ありがとう。気になる事があったら聞くから、その時はまた教えてね」


 テラは手のひらのリーフをちょんちょんっと撫でた。


 こうしてリーフとテラは、立ち寄った宿場町や村では薬草を買い取ってもらったり、買い物をしたり。

 時々リーフの力を使ってもらいながら、柔らかな秋風が吹く中で移ろいゆく山々を背景に、ノーサンロードを南へ南へと進んでいくのだった。