刻まれた花言葉と精霊のチカラ ―精霊と守り人少女の永遠の物語―

第二章『旅』 ノーサンロード編

017 ウェストクロス1


 フォークスエンドから始まったリーフとテラの歩き旅は、深まる秋の色とりどりの風景に包まれながら、15日間をかけてノーサンロードをのんびりと進み、ウェストクロスに到着した。



「ねぇ、リーフ? ウェストクロスはかなり栄えた大きな町なのよね」


 テクテクと賑わう町中を歩きながら、テラが小さな囁き声でリーフに声を掛けた。


「そうだね。ブライトウッドから約600キロ。ここは大陸西部アウリス地方への分岐点、宿場町ウェストクロス。多くの旅人や行商人が行き交う町だからね。いつか西側にも行ってみたいね」


「南の次は西に行ってみる? 私、太陽が海に沈む景色を一度見てみたいな。きっとすごく美しいと思うのよ」


 テラが住んでいたブライトウッドから海洋はそれほど遠くないのだけれど、日が海に沈む景色をテラはまだ見たことがない。

 彼女は見たことが無い風景に思いを馳せ、憧れの眼差しで宙を見上げた。


「時間はいっぱいあるし、テラと一緒ならどこへでも」


 リーフはニッコリと微笑んで、道の先を眺めていた。



 ◇ ◇ ◇



 テラは早々に宿を見つけ、二人は部屋へと向かうと、彼女は早速とばかりにカバンから地図を取り出し、机の上に広げた。

 というのも、ウェストクロスから先の旅程をリーフと相談する必要があったためだ。


「ここから先は、町が少なくなるのね」


「うん、エルナス森林地帯が近いからね。次の町までは馬車で1日で行ける距離だけど、その先の町はずっと遠くて、馬車でもキャンプ地に一泊するみたいだよ。テラはもう15日間歩いてきたし……次は、馬車にする?」


 エルナス森林地帯は東西約800km、南北約500kmの広大なもので、方位磁石が効かず、迷い込んで戻って来た人はいないと言われる、神秘に満ちた森林地帯だ。


 ノーサンロードを南下する道は、この森林地帯を避けて迂回するように通っており、次の町までが遠く、人家もまばらになっていく。


「うーん……そうね……。まだ一度も野宿をせずにここまで来たけど……私は野宿でも平気よ? 野宿の準備はしっかりしてきたし」


 ブライトウッドの村を出て20日ほどが経ち、そのうち15日間は歩き旅だったけれど、緑豊かな丘陵地帯や川沿いの小道を通り、たくさんの景色を楽しめた。

 宿に泊まれる幸運も重なり、ふたりの旅は平穏そのものだった。


「うん、野宿の準備は完璧。火も起こせるし鍋もあるし、テントも毛布も雨具もちゃんと持ってきたからね。食料と水は7日間くらいは補充せずに行けそうなくらいはあるよ。でも、ウェストクロスでもう少し補充はしておくほうがいいかな。この先、町が少なくなるから」


「……わかったわ。これから野宿もするし、明日は食料を色々と補充しよう!」


「そういえば……明日だけど、おまつり、行く?」


「宿に来る途中の案内板にあった豊穣まつりよね。行ってみたいわ! 露店もいっぱいあるよね!」


 ウェストクロスはちょうど秋の豊穣まつり期間で、二人は明日、まつりの中心になっている中央広場へ出掛けることにした。



 ◇ ◇ ◇



 翌朝。

 以前立ち寄ったフォークスエンドでは市場で買い物をしたけれど、ここ、ウェストクロスでは、二人は市場には寄らずに秋の豊穣まつりの中央広場に来ていた。


 果物の甘い香りや焼いた肉の美味しそうな匂いが辺りに漂い、鮮やかな色彩の屋台が立ち並ぶ大通り。

 広場からは子どもたちの笑い声が響き、大人たちは次々に手に特産品を抱えて楽しんでいる。

 秋の豊穣まつりは、まるで季節そのものが祝福しているかのような活気に包まれていた。


 新鮮な果物や野菜が並ぶマーケットや、地元の料理を楽しめる屋台、手作りの工芸品があふれる中、中央広場の入り口近く、工芸品がずらりと並ぶ一角で、テラの足が自然と止まった。


 キラリと輝く大きな貝殻にテラの目が引きつけられ、その瞬間、テラの顔がパッと明るくなった。


「うわぁ、とてもきれい! こんなにキラキラした貝殻があるのね」


「いらっしゃい。この貝殻、アワビといって巻貝の一種なのよ。装飾用として人気があるの。ほら、こっちのヒオウギ貝も見てみて。色とりどりで綺麗でしょう? こういう貝殻を使って、ペンダントやブローチに加工するのよ。ちょっとこちらも見てみて!」


 店主のきれいなお姉さんが、綺麗な貝殻を加工した工芸品の装飾品売り場に案内してくれた。


「わぁ……どれもすごくきれい……」


 色とりどりの貝殻を様々な形に加工した髪飾りやペンダントトップ、ブローチなどが並んでいる。


「あ! これ!」


 テラが見つけたのは、葉っぱの形に加工された緑色のペンダントトップだった。


「これ、触っても大丈夫ですか?」


「どうぞ。手に取ってみていいのよ」


 テラが緑色のペンダントトップをそっと手に取ると、光に当たってキラッとして、それはまるでリーフの瞳のようで、思わず頬が緩む。


「これ欲しい……いくらするんだろう……」

「テラ、こっちの青いのはどう?」


 テラが独り言をつぶやいたのとほぼ同時に、リーフが彼女に問いかけた。

 リーフが指したのは、花の形に加工された青色のペンダントトップだった。



 丁度その時、テラの独り言が聞こえた店主のお姉さんは、テラに話しかけた。

 もちろん、お姉さんにはリーフの声は聞こえてはいない。


「この緑色のペンダントトップは4,500ŞĿシルヴァよ。緑は珍しくて、あまり見ないからちょっと高めなの」


「4,500ŞĿ……薬草6把か7把分……宿泊費なら3泊分くらいね……」


 テラは代金を計算しつつ、さらに続けた。


「あの、こちらの花の形の青いのは?」


「こっちは3,000ŞĿね。ちょうどあなたの瞳のような空色の青ね」


「あ……は、はい……」


 お姉さんはテラの瞳を見つめて優しい笑みを浮かべていたため、テラは少々恥ずかし気に返答した。


 テラは考えていた。

 彼女からするとかなり高い買い物で、しかも特に必要のない装飾品。

 それでも、彼女は決心した。


「あの……緑色と青の両方とも買います!」


「まあ! ふたつとも買ってくれるの? ありがとう! お礼に皮紐をつけて、代金も7,000ŞĿにおまけしちゃうわね!」


 実のところ、テラが装飾品を買うのはこれが初めてで、実用性の無いこんな高い買い物をしたのも初めてのことだった。



 ◇ ◇ ◇



「どうしよう……買ってしまった……高かったのに……」


 店を後にして、テラは思わず本音が口から出てしまった。


「で、でも! 欲しかったから!」


 欲しいと思ったのは本当の気持ちだったので、自分に納得させるように言った独り言だ。


 そんなテラの様子が気になったのか、リーフがそっと声をかけた。


「テラ、ちょっとどこか……誰にも見られないところに行けない?」


「?……宿に戻る?」


「それでいいよ」


「わかったわ。でも、どうして?」


「うん、ちょっとやりたいことがあって。人がいないほうがいいから」



 リーフの言うとおりに、テラは中央広場を出て宿に戻った。

 すると、部屋へ入るなり、リーフはぼんやりと体全体から光を発しながら、テラと同じ背丈に姿に変えた。


「テラ、買ってきたペンダント、着けるよね? ぼくが着けてあげるよ?」


 リーフは、ずいっとテラに寄るように半歩前に出た。


「やりたいことって、私にペンダントを着けたかったの?」


「うん。人がいるところでぼくが着けてあげたら、おかしなことになるでしょ?」


「ふふっ、確かにね」


 テラはクスクスと笑っていた。


「どっち着ける? ふたつとも着ける?」


「私はリーフの瞳の色に似た……この緑色のペンダントを着けるから、青いペンダントはリーフが着けてくれないかな。こういうの着けるの、嫌?……かな」



 リーフは精霊だし、こんな装飾品着けたくないかも……?



 テラはちょっとだけ不安になる気持ちを抑えつつリーフの緑の瞳を見つめると、照れくさそうにリーフに訊ねた。


「え! 全然嫌じゃないよ! どっちもテラが使うと思ってたから……」


 テラは、緑色は自分用でリーフが勧めてくれた青色はリーフにと、最初からそう思って2つ買っていた。


 リーフは純粋に、テラの瞳みたいで綺麗だな、と思って青色のペンダントトップを勧めたのだけれど、まさか自分の分だなんて思ってもいなかった。


「それじゃあ、まずは私が着けてあげるね」


 テラは優しい手つきでペンダントをリーフの首に掛けた。

 ペンダントの青い輝きがリーフの胸元で揺れると、テラは少し誇らしげに微笑んだ。


「次はぼくが!」


 リーフがテラの首元に緑色のペンダントをそっと掛けた。

 ふたりの笑顔が輝くペンダントに映り込み、光が一層鮮やかに輝いた。


「ふふっ。 おそろいだね」


 光に当たるとキラッと輝いて、とても綺麗なお揃いの貝殻ペンダントにテラは大満足の様子だった。


 しかしながら、明らかに予定外の出費となったため、食料の買い出しをするには薬草を買い取ってもらわなければ! ということで、午後は薬草の卸店へ直行することとなった。


 リーフはしばらくの間、テラの瞳の色をした青いペンダントをぎゅっと握りしめていた。

 その小さな飾りがなぜこんなにも嬉しいのか、リーフ自身にもはっきりとは分からなかったけれど、ただ、その青が自分を穏やかな気持ちにさせるのを感じていた。