刻まれた花言葉と精霊のチカラ ―精霊と守り人少女の永遠の物語―

第二章『旅』 ノーサンロード編

018 ウェストクロス2


 朝から豊穣まつりに来ていたリーフとテラは、予定外の出費になったペンダントを買ったおかげで、午後は早々に薬草卸店で薬草を買い取ってもらい、本来の目的である食料調達のため再びまつりの中央広場へと足を運んでいた。


「ねぇリーフ、野宿用に何を補充しておけばいいと思う?」


「干し肉やチーズにパン。それと、甘いもの?」


「もちろん、甘いお菓子は外せないわね!」


 テラはいつものようにリーフを肩に乗せ、立ち並ぶ屋台に目を移しながらしばらく歩いていた。

 すると、焼きたてパンの甘い香りがふんわりと漂ってきた。

 その甘い香りに引き寄せられるように、テラの足がまっすぐにパン屋へと向かう。

 パン屋の店先に並ぶ、ふわふわとした生地からは、焼きたての温もりが伝わってくるようだった。


「ん〜! 焼きたてのパンの甘い匂いがたまらないわ! あっ、このパン、胡桃が入ってる!」


 ふわっと焼きたての丸い胡桃パンを見つけて思わず声をあげたテラに、店主のおじさんが元気に声を掛けた。


「いらっしゃい! この胡桃パンは一番のおすすめなんだ! それから、ハーブ入りのこれ! ローズマリーパン! こっちもおすすめだよ! どうだい? 買っていかないかい?」


「わぁ! ローズマリーパンなんてあるのね! 胡桃パンも美味しそうだし……どっちも捨て難いな……」


 テラはちょっと迷ってしまった。

 じつは最近、食事の量が増えたように感じていたため、買い過ぎないようにと思っていたのだ。


「テラ、両方買ったら? 依り代に入れておくから、たくさん買っても大丈夫だよ」


 そう言ってにっこりと微笑むリーフの悪魔のささやき声。

 その声に導かれるように、テラは店主に注文した。


「そうね。すみません、ローズマリーと胡桃のパンを3個ずつください」


「はいよ! お嬢さん、まいどあり! ひとつおまけしとくよ!」


「わあ! ありがとうございます!」


 テラは美味しそうなパンを手にし、ほくほく顔で満足感でいっぱいだった。


 しかし、リーフの依り代のおかげで、買い過ぎても問題ないのをいいことに、欲望に任せて買い物をしているこの状況。

 さらに近頃は食べ過ぎな気がしていたテラは、リーフに気がかりなことを打ち明けた。


「ねぇリーフ。私最近、食べ過ぎじゃないかな? 旅に出てからなんだか食欲が増えちゃって……」


「そう? 毎日いっぱい歩いているし、もっとたくさん食べていいと思うよ?」


「たしかに、食べないと歩けなくなっちゃうよね。でも……」


「でも?」


「……気にし過ぎかなぁ……」


「気にし過ぎだね!」


「うーん……リーフがそういうなら、いいのかな。ははは……」


 納得したような、してないような。

 そんな気持ちを抱えながらも、テラは足を止めることなく屋台の間を歩き続けた。



 しばらくすると、ふと香ばしいタレの匂いが漂ってきて、思わず顔を上げた。

 串焼きの屋台が目の前に現れたのだ。

 肉を焼く香ばしいタレの匂いが鼻をくすぐり、じゅうじゅうと焼ける音が心地よいリズムを刻んでいる。


「ねぇ! すっごく美味しそうな匂いよ!」


 テラが目を輝かせながら指差した先には、こんがりと焼き目がついた串焼きが並んでいた。

 肉汁がじゅわっと滲み出し、香ばしいタレの匂いが湯気とともに漂ってくる。


「テラ、串焼きは賑わっているこの雰囲気を味わいながら食べるのが良いんじゃない?」


「そうね。でも、私ひとりで……」


「いいのに。ぼくのことは気にしないで食べて?」


 リーフが食事をしないのは分かっている事で、テラはひとりで食事をすることには慣れている。

 けれど、今はふたりで祭りを楽しんでいるだけに、リーフも一緒に食べられたらもっと楽しいだろうと思い、少しだけ胸が寂しくなった。



「そういえば、熱いものって依り代に入れられるの?」


 テラの質問にリーフは少し考えるように眉をひそめた後、にっこり笑って答えた。


「どうかな? 熱い串焼きを入れたら、ぼくがちょっと香ばしい匂いになるかも? 試してみる?」


 テラは思わず吹き出してしまい、首を振った。


「いや、それはちょっとダメね……! それに、なんだかリーフに悪いわ」


「? なにが悪いの?」


「だって、リーフが顕現するための依り代なのに、串焼きを熱いまま保管できるか、なんて……欲望が過ぎてなんだか罰当たりな気が……」


「あはははは。 ぼくがいいって言ってるんだから、気にしないで?」


 リーフは肩を揺らしながら楽しそうに笑った。

 リーフの笑い声がふたりの間に温かい雰囲気を広げ、テラの少し曇った気持ちを溶かしていくようだった。


「そう?……それじゃ、串焼きを2本買おうかな……」


「うん、どうぞ」


 アツアツの串焼きを両手に、ふたりは建物と建物の間にある狭い路地へ入った。

 ほんの少しひんやりとした空気が流れるその場所は、祭りの喧騒から隔てられた静かな隠れ家のようだった。


「誰にも見られなかったかな」


「ちょっと待ってね、大きくなるから」


 リーフはぼんやりと全身から柔らかな光を発すると、その姿をふわりと変えてテラと同じ背丈になった。


「はい。それじゃ、お願いします」


「パンはいいの?」


「ええ、パンは持っておくわ。串焼きだけで」


 テラから2本のアツアツの串焼きを受け取ったリーフは、依り代の中に消えて、再び現れた。


「串焼きは熱いまま依り代の中に置いてきたよ。次に出すとき、熱いままだったら最高だね!」


「植物や食べ物の鮮度はそのままだけど、温度はどうなんだろう?」


「冷めてたら残念だし、1本は今食べたほうがいいんじゃない?」


「ううん、大丈夫よ」


「そう?……」


「そうだわ。ねぇリーフ、せっかくだから、そのままの姿でお祭りを一緒に見て回ろうよ。手を繋いで歩いたら、きっと楽しいと思うの」


「!!  い、行く!」


 テラの思いもよらぬ提案に、リーフは初めて手を繋いでテラと散歩をした時の温かい気持ちを思い出し、即座に答えた。


「ふふっ。はい、手をどうぞ」


 テラは優しくリーフの手を取り、指を絡めてしっかりと握った。


「これで迷子にならないわね」


 手を繋いだ瞬間、テラの手の温かさがじんわりと伝わり、この瞬間がいつまでも続けばいいのに、とリーフは密かに願ってしまう。

 もちろん、テラの手を離さないよう、リーフはギュッと握り返した。



 互いの瞳の色をしたペンダントを首にかけ、手を繋いで歩く姿は仲睦まじく見えそうだけれど、精霊は守り人にしか見えない。

 リーフが迷子になったら、見つけられるのはテラだけ。

 もっとも、リーフが迷子になる事は無いのだけれど、離れないようしっかり手を繋いだふたりは、楽しげに祭りの屋台を見て回った。



「色んな屋台があるね。お茶屋さんに金物屋さん、お花屋さん、的あてもあるのね」


 的あての屋台からは歓声が響き、人々の笑い声が祭りの空気をさらに盛り上げていた。


「的あて、やってみる?」


「私、苦手なの。小さい頃にやったことあるけど全然だめだったわ」


「ぼくがこっそり手伝うよ」


 こっそり手伝う?



 ……ハッ! とテラの脳裏に、玉を外すテラを横目にリーフが飛んで目当ての品を落とす、そんなイメージが思い浮かんだ。


「ええ! それってズルじゃない? ダメよ、ダメダメ!」


「ははは、冗談だよ」


「もう! リーフが冗談なんて。本気かと思っちゃったわ」


 テラがダメと言うので冗談と言ったけれど、本当は本気だったんだけどな、とリーフはちょっぴり残念に思うのだった。



 屋台の周りでは子供たちが笑顔で走り回り、大人たちが談笑している声が耳に心地よく響くまつりの賑わいの中、ふたりはお目当ての干し肉の屋台で足を止めた。


 店先に並ぶ干し肉は表面が艶やかに光り、しっかりと乾燥された香りが漂っていて、何かスモークのような深い香ばしさも混じっている。


「ねぇ、リーフ。干し肉も買っておいたほうがいいよね?」


「干し肉は保存が効くから、長旅にぴったりだね」


 干し肉の屋台は木製の棚に大きな肉の束がぶら下がっていて、店主が笑顔で試食を勧めていた。


「すみません、試食してもいいですか?」


「いらっしゃい! これは自慢の鹿肉だよ。山の新鮮な空気と草をたっぷり食べた鹿だからね、味が違うんだ。試してみな!」


「うわぁ! 鹿肉ですか? 初めて食べるわ! いただきます!」


 鹿肉の干し肉を一欠片もらい、そっと口に運んだ瞬間、風味豊かな香りがふわっと鼻を抜けた。

 噛むほどに肉の旨味とほんのりとしたスモークの深い味わいが広がり、その贅沢な美味しさに思わず笑みがこぼれる。


「これが鹿肉なのね! すっごく美味しい!」


「テラは鹿肉は初めて? そういえば……今依り代の中にある干し肉は、ヤギとイノシシと牛だったよね」


「ブライトウッドでは鹿肉はあまり売ってなかったの。売ってても高価だし、鴨やキジもほとんど見ないかな」


 屋台に並んでいる干し肉の種類はなかなかなラインナップで、イノシシ、羊、ヤギ、鹿、牛、豚、鴨、キジと様々な干し肉がズラリと並んでいた。


「それじゃ鹿と鴨、キジの干し肉にしてみたら?」


「そうね! せっかくだから食べたことが無い干し肉を買ってみようかな」


 テラは鹿肉の干し肉を指差しながら、キジと鴨の束にも目を向けた。


「この3種類をください!」


 店主に注文すると、吊り下げ式の秤で必要な分量を計ってくれる。

 テラは3日分ほどの量にしてもらい、麻袋に詰めてもらった。

 栄養満点の干し肉は旅の力強い味方になってくれそうだと、テラは心の中でほくほくと微笑んでいた。


 それからふたりは屋台をじっくりと巡り、チーズとハニーキャンディも手に入れた。

 日が傾き始めた夕方まで豊穣まつりを思う存分に堪能して、 買い物三昧だったウェストクロスでの二日目は、ふたりにとって大満足の一日となったのだった。