刻まれた花言葉と精霊のチカラ ―精霊と守り人少女の永遠の物語―

第二章『旅』 ノーサンロード編

021 新たな出会い


 この旅で初めての野宿、記念すべき野宿一泊目の気持ちのいい朝。


「おはよう、リーフ。大きいまま寝たのは初めてだったけど、よく眠れた?」


 昨晩、テラと同じほどの背丈に姿を変えて寝てしまったリーフは、朝になると元の小さな姿に戻っていた。

 寝ている間に自然と元の姿に戻ってしまったようで、姿の変化はどうやら朝までは持たないらしい。



「おはよ……そうだった……ごめんね。寒かったよね?」


「ううん、大丈夫よ」


 いつもはテラの枕元で小さい姿で寝ているのだけど、大きい姿のまま寝てしまったことをリーフはとても後悔していた。

 自分の冷たさから、テラが寒かったんじゃないかと彼は申し訳なく思った。

 しかも、手をつないで一緒に星が見たかったのに寝てしまってほとんど覚えていない、という残念ぶりだ。



「さすがに肌寒いけど、今日もいいお天気よ。支度して、出発しようか」


「……うん。テントも壁も、きれいに均しておくね」


 朝からしょんぼりなリーフだったけれど、テラに促され緑のテントと壁は力を使って均して、荷物も片づけて、出発の準備をする。

 肌寒くなった朝は空気が澄んで清々しく、リーフのしょんぼり感とは裏腹に、気持ちのいい一日の始まりを告げていた。



 そうして、リーフとテラはひんやりとした空気を切り裂くように、元気よくノーサンロードへと足を踏み出した。

 目的地までは長い道のりだけれど、今日もノーサンロードを南へ南へと歩き続けていくのだ。



 ◇ ◇ ◇



 昼ごろ、ふたりが沿道の少し開けた場所で休憩していると、一人の年配の男性が近づいて来るのが見えた。

 男性は少し重そうな荷物を背負っていて、どうやら旅人のようだった。


「テラ、向こうから来る人、守り人だよ」


「え! 初めてだよ、私以外の守り人さん!」


 だんだんと近づいてくる年配の男性は、テラの前までくると、その場で立ち止まった。


「こんにちは。君、守り人だよね?」


 優し気な面持ちの年配の男性が声をかけてきたので、テラは驚きつつも返答した。


「は、はい! こんにちは!」



 そっか。

 守り人だからリーフが見えるのね!



 自分以外の守り人に初めて遭遇したテラは、内心ドキドキとしていた。


「彼には精霊がついていないみたいだね」


 リーフはテラに話しかけたのだけど、その声に反応したのは年配の男性のほうだった。


「そうなんだ。以前、一度だけ精霊と契約したことはあるんだけどね。今はひとりなんだ」


 年配の男性は笑顔でリーフを見つめて、即答した。

 テラは、リーフとその男性のやり取りを目の当たりにして、目を輝かせた。



 リーフの声も聞こえるのね。

 ほんとに守り人さん!

 リーフと会話なんて、すごく新鮮な光景だわ!



 テラは初めての守り人に親近感が湧いて、にこやかに声を掛けた。


「ひとり旅をされているんですね。ウェストクロスからですか?」


「ああ、俺はずっとひとり旅でね。西から来てウェストクロスにしばらく滞在していたんだ。今日はこっちに用事が出来たんでノーサンロードを南下しているところで……」


 そんな会話をしていると、突然、木々の間から射し込む柔らかな光が踊るように揺れ始めた。



 空気は静寂を保ちながらも、何か特別な存在が近づいていることを感じさせる。

 光が集まり形を変え、やがて女性の精霊の姿が浮かび上がった。


 頭には角のように木の枝が伸びていて、薄い黄緑色のドレスをまとい、赤紫色の大きな瞳と同色のリボンが目を引く美しい精霊だ。



「こんにちは。お邪魔してごめんなさい。私はユズリハの精霊よ。あなたと契約したいの」


 年配の男性はその光景に一瞬驚きながらも、ニカッと笑ってみせた。


「久しぶりだな、精霊がこうして現れる瞬間を見るのは」


 独り言のように静かに呟いた年配の男性は、にこやかに微笑むユズリハの精霊に対して、はずんだ声で話しかけた。


「ユズリハの精霊、俺と契約してくれるのかい?」


 守り人と契約をしていない精霊は、無暗に姿を現さない。

 精霊が守り人の前に姿を現すときは、契約したい時だけ。

 その事実を知っていたのか、年配の男性は即座に『契約してくれるのか』とユズリハの精霊に訊ねたのだった。


「ええ、そのつもりで顕現したのよ?」


 ユズリハの精霊がニッコリ微笑むと、気付けば沿道のたくさんのユズリハが枝を広げ、歓迎するように葉を揺らしていた。



 ◇ ◇ ◇



「私の契約方法は簡単よ。手の甲に口づけするだけでいいわ。契約すると守り人は若返るわ」


 微笑む精霊の言葉に、年配の男性は冷静に訊ねた。


「わ、若返るのか。すごいな……だが、聞いていいかな。契約の代償や他に何か、契約前に知っておくべきことはあるかい?」


「私の守り人は、世代交代するの。それでもいいかしら」


「世代交代……離れる時が来るってことか。その時は寂しくなると思うが……俺は精霊と過ごす時間はとても貴重だと思ってるんだ。守り人にしか出来ないことだ。守り人であることを俺は誇りに思ってる。だから、契約したい」


 年配の男性は、守り人としての強い意志と誇りをもっており、ユズリハの精霊との契約を望んだ。


「わかったわ。そういう人、けっこう好きよ。私の手を取ったほうの手首に私の紋が刻まれるわ」


 ユズリハの精霊が優雅に微笑みながら手を差し出すと、年配の男性は片膝をついて右手で精霊の手を取り、騎士のように精霊の手の甲に口づけをした。


 その瞬間、口づけをした精霊の手の甲から小さな光の粒の渦が発生し、年配の男性をあっという間に飲み込んだ。

 小さな光の粒が年配の男性を中心に渦を描きながら回り出し、やがて輝きが強まり空間を満たしていく。

 そして、その光の渦は年配の男性の右手の手首に収束し、まるで時間が止まったような静寂が訪れた。



 年配だった男性は青年に若返っていた。

 白髪だった髪はつややかな栗色の髪に変わり、栗色の瞳は柔らかな印象で、とても優しそうなお兄さんという感じだ。



「私の新しい守り人、私の名はヘリックス。あなたは?」


「俺の名前はファラムンド。よろしく、ヘリックス! しかし、驚いた。一瞬で本当に若返った。これは…20代くらいか? すごいな……で、たしかに、右手首に紋が刻まれたよ」


 ファラムンドは自分の体や顔を触り感触を確かめ、自分の手を見て、若返ったことを実感した。


「ファラムンド、長いわね。ファルでいいかしら? かっこよくなって驚いちゃったわ。それと、年齢は22歳よ。ファルから感じた最も鮮明な記憶の年齢まで戻したわ」


「ファルでいいぞ! そうか、22歳……確かに俺の人生の中で、一番、鮮明な記憶がある年だ」



 鮮明というか、22歳の時しかないくらいだったわ。

 どんな生き方してたらこうなるのかしら?

 ファルは22歳のままだった?

 22歳の時期が長かった?

 それに、ファルの血の匂い。

 まさに精霊好みね。

 契約にも躊躇しない。

 もしかしてファルは――



 ヘリックスは少し考え込んでいた。



 その様子を傍から静かに見ていたテラは、あれよあれよという間に契約して風貌が変わってしまった男性に驚愕しつつも、ユズリハの精霊にも注目していた。


「ユズリハの精霊さん……花言葉は『若返り』と『世代交代』ね」



 リーフもだけど、精霊は花言葉に由来した性質を持っているわ。

 ユズリハの精霊さんは『若返り』『世代交代』。

 花言葉がそのまま力になってるのね。



 テラはすぐさま花言葉を思い出して、ユズリハの精霊の本質を理解した。

 彼女のつぶやきにリーフは少し驚いたけれど、気を取り直してヘリックスに声をかけた。


「ヘリックス、と呼ばせてもらうけど、ヘリックスはここにいるの? ぼくたちはもう行くけど」


 なんとなくこの場を離れたいと思ったリーフだったけれど、知らん顔をして立ち去るわけにもいかず、思わず、ここにいるの? と聞いてしまった。

 こんな場所で顕現して契約して、この後どうするのかな、と思ってしまったせいで。


「あなたたちは旅をしているのね。そうね……私も一緒に旅をしようかしら。……いい?」


 突然のヘリックスの提案にリーフもテラも驚いたのだけど、テラは好意的に受け止めた。

 ユズリハの精霊と、契約したばかりの年配の男性、もとい、青年になった男性に興味が湧いたのもある。


 ファラムンドがあまりにも簡単に精霊と契約して、若返る様子を目の当たりにしたテラは、少し混乱しつつも、落ち着いて考えてみた。



 そういえば、『今日は用事があってノーサンロードを南下していて……』と話していたけど、用事はもういいのかな? と、テラはふと気になってしまった。

 でもファラムンドは若返ってしまったから、もう誰にも会えないのでは……と心配にもなった。


 年配だったファラムンドが、この青年のファラムンドだと知っているのは、精霊のふたりを除けばテラだけなのだ。

 若返った瞬間、年配のファラムンドは消えたというより死んだも同然。

 青年のファラムンドは天涯孤独、知り合いは誰ひとりとしていない世界になった。


 守り人としての誇りを語り、契約をすぐに決めたファラムンドの背景は一体どんなものなんだろう、と興味が湧いたし、ファラムンドの今後を心配する気持ちにもなった。



「ええ、私は大歓迎! 人数が増えたら楽しいよね、リーフ?」


「あ、うん、テラがいいなら、ぼくも……」


「ふふ。ありがとう。ファルはどうする?」


「俺はヘリックスのいるところなら、どこへでもお供するよ」


 そう言ってファラムンドはニカッと笑った。



「それじゃ、私の依り代はこれね。この果実を持っててくれるかしら?」


 ヘリックスはニッコリ微笑みながらユズリハの果実をファラムンドに手渡した。

 依り代をちゃっかり準備しているところから、ユズリハの精霊は最初からこの場を離れる予定だったようだ。


「依り代……ヘリックスの依り代はユズリハの果実なんだな」


「ええ。ユズリハの果実には毒があるから、食べないでね?」


「おいおい、毒がなくても、さすがに依り代は食べないぜ!」


 こうしてリーフとテラの二人旅にヘリックスとファラムンド(ファル)が加わり、4人旅となったのだった。