刻まれた花言葉と精霊のチカラ ―精霊と守り人少女の永遠の物語―

第二章『旅』 ノーサンロード編

024 力の解放


 一方その頃、リーフとテラのテントでは。

 テラは久しぶりの『ひとりじゃない食事』で盛り上がった気分のまま、その余韻を楽しんでいた。


「アーモンド、美味しかったなぁ! アーモンドはとても貴重だから高価なのよね。本では知ってたけど、今まで見たこと無かったもの!」


 テラはファルにもらったアーモンドがとても気に入ったようで、はしゃぐように笑顔を輝かせていた。


「アーモンドが栽培されている場所は確か南の島だけだったかな。貴重な品だったね」


「ファルってなんだか面白いよね。出会ってすぐは年配の人だったのに若返っちゃうし」


 テラは少し肩を揺らして、くすくす笑った。

 釣られてリーフも笑い声を返した。


「あはは。それで今は一緒に旅してる」


 その笑顔の中で、テラはふと視線を落としながら言葉を続けた。



「……ファルは本当にすごいわ」


 テラの瞳が少し遠くを見つめながら、ふいに語り始めた。



「ファルは、『精霊と過ごす時間は貴重で、それは守り人にしか出来ないこと、守り人であることが誇り』って言ってたわ」


 テラはファルの言葉を思い返しながら、自分の胸の内をそっと明かした。


「私はそこまで考えてなかったの。でも、ファルの言う通りだと思ったの。私は自分が守り人だってリーフに会うまで知らなかったけど、知ってからのリーフとの日々は、まるで夢の中にいるみたいよ」


 テラの言葉には、どこか夢見るような感情が込められていた。


「精霊と過ごす時間はとても貴重で、それは守り人にしか出来ないこと。ほんとに、その通りね。私も守り人であることに誇りを持ちたいと思ったの」


 テラの表情が穏やかさを帯びながら、強い決意を感じさせる声で続いた。


 テラは、ファルがヘリックスとの契約時に話していたことをよく覚えていて、ファルの言葉に影響を受け、強く共感していたのだ。



 しばしの間をおいて、その言葉に背中を押されるように、ライルにも聞けなかった一つの問いを、リーフは小さな声でテラに尋ねた。


「……テラは……テラは、ぼくと契約して……よかった?」


 その控えめな問いかけに、テラは驚いたように目を見開いたけれど、すぐに柔らかな笑顔を浮かべた。


「もちろんよ」


 伏し目がちでどこか不安げなリーフに、テラはにっこり笑って即答した。


「ねぇ、リーフ」


 テラは指先でリーフの頬を撫でた。

 リーフが顔をあげると、テラの空色のきれいな瞳が目の前にあって、その優しげな瞳はリーフの姿を映していた。


「リーフと一緒にいられて、私は幸せ。リーフの守り人になってよかったし、嬉しいよ。リーフの守り人で、私は幸せなの」


 テラの声は静かで、リーフを見つめる空のような青の瞳は揺るぎない温かさを含んでいた。


 リーフはテラの言葉を聞いて、つっかえていたものが取れたような、内から力が溢れて来るような、そんな感覚を覚えた。


 リーフの瞳が次第に強く光を帯びていく様に気付いたテラは、リーフに訊ねた。


「そろそろ血を飲む?」


「うん、お願い……」



 テラはいつものように指先に針をちょっと刺して指先を差し出した。


「毎日ありがとう、テラ」


 リーフはテラの指を小さな両手で掴んで口に持っていくと、指先の小さな傷口の血をペロリと舐めて、血が出なくなるまで吸い続ける。

 といっても1分にも満たないほどの僅かな時間で血の摂取は終わる。

 摂取する血はほんのちょっとだ。



 こうやって傷口からリーフ菌……

 じゃなくて、精霊因子が私の体内に入ってるのねぇ。



 テラはリーフが血を摂取する様子を観察するように眺めながら、そんなことを考えていた。


 血を摂取した後、リーフはぼんやりと体全体から光を発しながら、テラと同じくらいの背丈に姿を変えた。


「リーフ?」


 テラはリーフの異変に気付いた。



 リーフが大きな姿に変化した後、いつもなら光は薄くなって消えるのだけれど、光はますます強まっていた。


 ランタン一つだけの薄暗くなったテントの中で、リーフの緑色の瞳はキラキラといつにも増して強く煌めいていて、体は発光する放射状の白い光に覆われて、背中に集まる光の粒は羽の形をかたどっているようにも見えた。


 こんなふうに強く光を発するリーフを見たのは初めてで、テラは驚きと戸惑いを隠せずにいた。


「リーフ? どうしたの?」


 心配したテラが、リーフの顔を覗き込むようにして優しく声を掛けた。



「力を、制御できなくて……」


 リーフの声はかすかに震えていた。

 その言葉と同時に、リーフはテラを引き寄せ、強く抱きしめた。


 突然の抱擁にもテラは動じることなく、リーフの背中にそっと手を添えながら、心配そうに優しく声を掛ける。


「大丈夫?」


「……少し、このままで……」


 リーフは静かに答えたのだけれど、その声にはどこか切実な響きがあった。


 リーフには、急に力が制御が出来なくなった理由が分かっていた。

 理由が分かっていたからこそ、テラを抱きしめずにはいられなかった。


 抱きしめられて、テラはリーフの背中側がよく見える格好になり、背中に集まる光の粒は、リーフの緑色のケープの端からキラキラと光の粒に変化しているのが分かった。



 ケープが光の粒に変わっていってる……

 そういえばケープも精霊の力で生成されてるって言ってたっけ。



 テラはその変化に目を奪われつつも、心の中で思い返した。


 2分なのか3分なのか、それほど長くない時間が過ぎて、光は徐々に薄れて消えて行き、薄暗いテントの中でランタンの明かりだけが静かに揺れていた。



「もう大丈夫……ごめ……」


 言い終わる前に、リーフは何も無かったかのようにするするっと小さな姿に戻ると、その場ですやすやと眠ってしまった。


 リーフの力が放たれる瞬間を目の当たりにしたテラは、驚きの余韻から抜け出せず、なかなか寝付けずにいた。



 あんなリーフ、初めて見た……。

 びっくりしたけど……全身から溢れる光がすごく綺麗だったな……。

 それに、ふわっとしてて温かかった……

 リーフの光って、こんなにも温かいものなのね。



 初めてリーフの光に包まれたテラは、その温かさになんだかホッとするような穏やかな安心感を覚えたのだった。