冷たい空気にどこか春の予感を混ぜたような、柔らかな日差しが差し込む、静かな朝。
リーフの腕の中で目覚めたテラは少し顔を上げ、リーフの寝顔を確認する。
思わず、ふっと笑みがこぼれ、安心したように彼の胸に顔を埋めた。
リーフがいる。
そのことがこんなにも嬉しいなんて。
間違いなく、私はリーフが好き。
離れて、辛いことがあって、はっきりした。
いえ、前から分かってはいた。
ただ、誤魔化そうとしてきた。
リーフのせいにして。
でも……親みたいな気持ちになっていた私は、もう終わり――。
リーフへの想いを実感しながら、彼の胸に頬を寄せる。
少し前まではこの定位置が恥ずかしくて仕方がなかった。
今でも恥ずかしいけれど、それよりも嬉しさが勝っている――。
「ん……朝……?」
リーフが目を覚ました。
「リーフ、起きた? おはよう」
テラは顔を上げて、穏やかで声で囁いた。
「うん、おはよう」
リーフはテラが腕の中にいるのを確認するように、彼女の淡い金の髪をそっと撫でた。
「リーフは今日は何か、予定……あったりするの?」
「……ねぇ、テラ? テラを連れて行きたい場所があるの」
「連れて行きたい場所? どこ?」
「……精霊界、なんだけど……」
「精霊界……? すぐ、行くの?」
「うん、すぐに行きたいかな」
「それじゃ私、顔を洗って着替えるから、ちょっと待ってて」
そう言ってテラはベッドから出ると、バタバタと出掛ける準備を始めた。
リーフもベッドから出て、その様子を眺めながら、ふと、部屋の隅に視線を移した。
「この服は……もう、見ないほうがいいよね」
部屋の隅に無造作に置かれていたあの服を、依り代の中に仕舞った。
霊核がぎゅっと締め付けられた気がした。
リーフは椅子に腰かけ、そうして待つこと、15分ほど。
「お待たせ、リーフ。急いだから髪がちょっとボサボサだけど」
「ううん。それじゃ、依り代はここに置いておくね。ここに帰ってくるために必要だから」
依り代であるどんぐりをテーブルに置くと、リーフは優しく微笑んで、テラを抱き寄せた。
「ヴェルデシア、リーフ・ヴァーダンシアへ」
すると、光に包まれた二人は、精霊界はリーフの住処『リーフ・ヴァーダンシア』へと転移した。
◇ ◇ ◇
「ようこそ、テラ。ここがぼくの住処、リーフ・ヴァーダンシア。精霊界のぼくの家」
「すごい! とてもきれいな場所なのね!」
澄み渡る青い空と、緑に囲まれた浮島。
浮島には『森の王』ともいわれるオークの大木が立ち、枝を大きく広げていた。
周囲は様々な草花、清らかな水を湛えた池、そばには木造のこじんまりした建物もあった。
「あの大きなオークの樹は? 幹に扉があるわ!」
「あの樹が家だね。ぼくもまだ入ってないの。昨日、この浮島に名前をつけたばかりなの。……ここに初めて来て、名前をつけて、急いでテラの元に帰ったから。だから、一緒に入ってみよう?」
「リーフもまだ入ったことがないお家なのね。二人で初めて入るなんて、なんだか私たちの新居みたい」
テラは無意識に『新居』という言葉が口から出てしまった。
新居といっても、『私たちの新居』と言えば特定の意味を指す言葉にも聞こえる。
「新居?」
「いや、あの、気にしないで」
リーフが『新居』の意味を知らないみたいで少しホッとした。
「テラ? 手をつないで歩こう?」
「うん……!」
指を絡めて手を握り、周囲を眺めながら、ゆっくりと大きな樹へと向かって歩く。
「ぼくとテラの家、テラが気に入ってくれると嬉しいんだけど」
「ふふ。お庭がとても広いから、薬草園を作りたいな。お花もいっぱい植えて」
大きな樹の扉の前まで来たところで、ふたりは立ち止まった。
目線を合わせて、お互いににっこりと微笑む。
「テラ、一緒に扉を開けよう?」
「うん!」
ふたりでドアノブに手をかけ、ゆっくりと扉を開く。
「わぁ! すっごくかわいい!」
一階は、螺旋階段を囲むようにちょっとしたスペースがあって、棚や小ぶりな机、椅子なども置かれていた。
「螺旋階段が中心になってるのね」
「上に上がってみようか」
手を繋いだまま、ふたりは螺旋階段を一歩ずつ上っていく。
「二階の部屋は可愛らしいテーブルと椅子があるのね! 食堂? 談話室って感じかな」
「樹の枝の上に造られた部屋、なかなかの広さがあるね」
さらに螺旋階段を上っていくと、3階部分、ここが最上階だった。
「ここが一番上のお部屋になるのね。大きなベッドだわ! ここは寝室なのね。丸い窓が可愛い!」
テラはベッドの上に跳び乗って外を眺めていた。
「素敵ね! どこまでも空が続いて、下には海かな? 海みたいだけど雲もあるのね? 緑の島がたくさん! 不思議だわ! すっごく綺麗ね!」
「ここ、気に入った?」
「もちろん! とても気に入ったわ!」
テラが振り返ると、リーフがすぐ真後ろにいてテラを優しく抱きしめた。
「好き?」
その問いは、この場所や家についてだろうけれど、別の含みがあるような気がした。
「……うん……好き……」
「よかった……」
見つめ合うふたりは、そのまま自然に、ゆっくりとベッドに横たわった。
「ここは、ぼくが生まれた時に作られていたけど、ずっと名前もつけずに、来る機会もなくて、そのままになってたの」
「それで名前をつけるために?」
「住処というのは精霊の力の回復場所でもあって。精霊は力を使い過ぎると強制的に精霊界の住処に戻る。けれど、住処に名が無ければ住処には戻れず、精霊界の中心部に戻るの」
「ここは中心部から遠いの?」
「1万キロ離れてる。だから今回、名前をつけるために、1万キロを飛んで、ここに来て、名前をつけたの」
「そっか。だから10日間って言ってたのね」
「ごめんね、テラ……」
「ううん。リーフは早く帰ってきてくれたもの」
「だけど……」
「私、リーフに会いたかったの。早く帰ってきてって思ったの。そしたらリーフ、早く帰ってきて抱きしめてくれた。すごく嬉しかった……」
テラの空の青の瞳がゆらりと揺れて、目に涙が浮かんでいた。
リーフはテラを包む腕に力が入った。
ぎゅっとして二度と離れないように。
「ありがとう、リーフ。リーフの腕の中は心地よくて、気持ちいいね」
「気持ちいい?」
「うん……気持ちいいよ」
「……よかった……」
テラはリーフの腕に包まれていることに安心感を覚え、リーフもまた、テラの温もりを感じられることに癒されていた。
テラの言葉に、リーフは精霊界でリモと話したことを思い返していた。