支度を済ませた6人は、午前中のうちに馬車でフィオネール家を出発し、王城へと向かった。
「そうだわ、テラに言っていなかったけど、テラの服もあるのよ」
「えっ! ヘリックス、私の服も用意してくれたの?」
「用意したのはユリアンよ? 結婚パーティーに普段着だなんて。ねぇ? カリス」
「そうね。普段着はさすがに無いと思うわ」
カリスは真面目な顔をしながら、どこか笑いを堪えているようだった。
「た、確かにそうだけど! ユリアンが用意したの? 私の服を?」
「ユリアンだもの。色んな服を用意できるんじゃないかしら?」
「な、なるほど……」
テラはヘリックスの言葉でなんとなく察した。
忘れがちだけれど、ユリアンはこの国の王子様だ。
「そうそう、リーフの服も用意してあるって言ってたわ」
「えっ! ヘリックス……ほんとに!?」
「ね、楽しみでしょう?」
「それはちょっと、楽しみかも……」
リーフはこれまで、一度も着替えたことが無い。
「ふふっ。よかったわね、テラ。リーフがおめかしした姿、すごく良いかもよ」
カリスが何とも言い難いニヤリとした表情でテラを煽る。
「う、うん……」
リーフがおめかし!?
すごく、見たい……!!
だけど、カッコ良すぎるのでは!?
私、隣に並んで大丈夫なの……!?
テラは、彼の隣に立つ自分の姿を想像して、不安で胸がいっぱいになった。
そんな女子のやり取りを横で聞いていた話題の張本人、リーフが口を開いた。
「よく分からないけど、着替えないとだめなの?」
「リーフ、何言ってるの? 着替えないとだめよ?」
ヘリックスが呆れたようにリーフにくぎを刺した。
「えぇ……」
リーフは、心底嫌そうに眉を寄せた。
馬車は王城の門をくぐり、ユリアンのセオドア宮に着くと、さっそくとばかりに衣装合わせの最終チェックのためにファルとリモは別々に案内された。
二人の衣装は当日、その時までお互い秘密ということで、宿泊する部屋とは別に部屋が準備されているようだった。
カリスは、彼女用に用意された部屋へと案内され、リーフとテラは前回の宿泊で使用した部屋へと案内された。
ヘリックスも前回同様、ユリアンの部屋だ。
リーフとテラが部屋に入ると、侍女がふたり、室内にあるクローゼットへと案内した。
クローゼットにはずらりと綺麗な服が掛けられており、サイズも二人に合わせて揃えられているようだった。
「テラ様、こちらなどいかかでしょうか? とてもお似合いになるかと」
にっこり笑顔の侍女が、グリーン系のアフタヌーンドレスを数着、手前に出した。
どのドレスも露出の少ないデザインで、光沢が抑えられた生地、袖や胸元にレースが施されたものもあり、品のある落ち着いた印象のドレスだった。
「はあ……」
私、こんなに素敵な服、着たことないのに……。
テラは自分の普段着姿を思い浮かべ、少し不安になる。
「テラはどれでもきっと似合うよ。だけどぼくは……着替えなくてもよくない?」
リーフはやっぱり着替えたくないようだった。
「リーフ様は、テラ様が選ばれたドレスに合わせますから、お二人が並ばれたら、きっと仲睦まじい恋人同士に見えます!」
「仲睦まじい、恋人同士?」
リーフの背後から聞こえた自信満々な口調の侍女の言葉に、ぐるりと振り返って再確認した。
「ええ。それはそれはもう、お似合いのカップル、といった感じかと」
「ぼく、着替えるよ!」
その変わり身の早さに、侍女たちは殿下の言葉が本当だったのだと確信し、思わず顔を見合わせて笑みをこぼした。
ちなみに、ユリアンが教えたのは『テラとお似合いだと言えばいいよ』とのことだった。
「それは良かったです。ではテラ様、どのドレスにしましょうか?」
侍女とリーフのやり取りを横で聞いていたテラは、リーフに似合う色を考えた。
「……それじゃ、私、濃い色のグリーンにしようかな……」
「ではこちらのドレスにしましょう。とてもお似合いになりますよ」
深いグリーンの生地に、リーフの瞳の色の糸を使った繊細な刺繍が袖や胸元、裾の部分にあしらわれた、上品なドレスだ。
そして、装飾品はこれを、と着けられたネックレスは、リーフの瞳のようなエメラルドだった。
「テラ様のドレスに合わせたリーフ様の衣装は、こちらになります」
テラのドレスと同じ深いグリーンのジャケットに、グレーと黒のストライプパンツ、白のワイシャツにシルバーのベスト。
ポケットチーフとネクタイはテラのドレスとおそろいの刺繍入り。
カフスはテラの瞳の色をしたサファイヤだった。
試着して二人並んでみると、侍女たちはご満悦の様子でニッコニコ。
「本当によくお似合いです! お二人のお姿に、皆うっとりすること間違いなしですわ!」
テラは侍女の言葉に恥ずかしくなるも、どこか嬉しくもあり、明日のパーティーに密かに胸が躍るのだった。
◇ ◇ ◇
ヘリックスがユリアンの部屋に入ると、可愛らしいもふもふした子犬が、まるで自分を待っていたかのように、嬉しそうにしっぽを振って出迎えた。
「あら、子犬だわ。この子がソランのプレゼントなのね?」
「ああ、そうなんだ」
「とてもかわいいわね。よく懐いてるわ。ピレニーズ犬かしら? きっとソランの良い護衛になってくれるわね。首輪は、これなの?」
「うん、ピレニーズ犬だよ。首輪は、今してあるものがそうだね。皆からのプレゼントだよ」
「革製の素敵な首輪ね。宝石が付いてるけど……これ……」
ユリアンが革職人に作らせたという首輪には、紫のアメジストが埋め込まれていた。
「そんなのは気にしないで。僕が勝手に用意したのに、皆に乗ってもらえて嬉しいんだ。プレゼントは『皆から』だからね」
「ふふ、そうね。とりあえず皆から預かったお金は今渡しておくわ」
ヘリックスはお金の入った封筒を渡した。
一人2,000シルヴァずつ集めた、ソランのプレゼント用の資金だ。
「ボールなどの玩具もここに用意してあるからね」
ユリアンはリボンが掛けられた箱を指した。
「何から何まで、本当にありがとう、ユリアン」
ユリアンに頼んだのは会場だけだったはずが、気付けばテラとリーフの衣装やソランのプレゼントまで用意していたのだ。
「それと、実は、ヘリックスのアフタヌーンドレスも用意させてもらったんだ。着てくれるかな?」
「ええっ! まさか私の分まで用意したなんて、さすがに驚いたわ。……でも、ありがとう。有難く、着させてもらうわ」
まさかと思ったけれど断るわけにもいかないので、ヘリックスは素直にユリアンの厚意に甘えることにした。
「色合いは、今着ている服と似た色を選んだんだ。クローゼットにいくつか用意してあるから、好みのものを着てもらえると」
至れり尽くせりで、何から何まで準備に抜かりがないユリアン。
ヘリックスは、相手が何を必要とし、どうすれば喜んでくれるかを完璧に把握している彼の気配りに、心から感心した。
可憐な外見からは想像つかないほどの熱心に張り切る性格は、7月25日生まれ、誕生花であるサンタンカの花言葉そのままと言えるだろう。
「僕はもう少し、準備の最終チェックがあるから、ヘリックスはゆっくりしててね」
そう告げると、ユリアンはひらひらと手を振って部屋を後にした。
◇ ◇ ◇
カリスが案内された部屋では、カリスが荷物の中から自前のアフタヌーンドレスを出すと、担当の侍女がクローゼットにかけてくれた。
「カリス様、明日は朝食のあとに、御髪のセットと化粧をさせていただく予定ですが、よろしかったでしょうか?」
「あら、あなたがやってくれるの?」
「はい。殿下からそのように仰せつかっております」
「そうなのね! ユリアン、気が利くのね。とても助かるわ!」
「クローゼットには、殿下がカリス様のためにご用意されたドレスやアクセサリーもございます。もしよろしければ、ご覧になっていただけますと、殿下もさぞお喜びになるかと……」
「クローゼットに? 私のために用意したの?」
「はい、カリス様にお似合いになるものをと、殿下が自ら選んだものでございます」
「えぇ……ユリアンが選んだドレス……私なんかが? いいのかしら……」
「殿下はカリス様のためにと、とても熱心に選んでいらっしゃいました。カリス様がお持ちになられたドレスも大変素敵なものでしたが、よろしければ、ぜひとも、クローゼットに目を通していただけたらと……差し出がましいことを言いまして、申し訳ございません」
「そう……それじゃ、クローゼット、見てみるわ」
ユリアン、そんなこと一言も言ってなかったのに。
言ってくれたら断ったのに。
……ああ、そっか。
言えば私が断ると思って言わなかったのね。
思わず頬が緩む。
カリスがクローゼットに入ると、そこにはずらりとドレスが掛けられていた。
「こ、こんなにたくさん!」
ずらりと20着ほど掛けられているドレスの中で、濃い紫のドレスが目に入った。
「え、紫があるんだけど……」
紫色は染色ギルドによって厳しく管理されている色。
なぜなら、紫は王家の色だからだ。
侍女が濃紫のドレスを手前に出した。
「こちら、カリス様にとてもお似合いになるかと」
「いや、だめでしょう? どうして紫のドレスを用意したのかしら……」
「かなり濃い紫ですので黒に近い色ですし、そこまで気になさらずにということかと思います」
「そ、そうなのかしら……」
濃紫のドレスはとても上品で、袖には刺繍が入っており、スカート部分に重ねられたシフォンの布地から下の布地が透けて見え、とてもおしゃれなデザインになっていた。
「デザインはとても上品ですごく好みなのだけど……ユリアンが選んだドレスを着るのって……しかも紫だと……」
カリスは紫を着るのはマズイのではと思った。
しかし、ユリアンとは友達だ。
友達の厚意を無下にしていいのかとも思った。
「ちょっと、他のドレスも見てみるわ」
「はい、それでは、どちらがよろしいでしょうか?」
ずらりと並んだドレスの中から、気になったものを数着並べてもらった。
並べてみて、改めて、思った。
一番好みなのは、やはりこのドレスだった。
「どうしよう……悩むわ……」
「お悩みでしたら、一番の好みのドレスにするというのはどうでしょうか?」
「一番好みなのが濃紫のドレスだから悩んでるのよ……」
「先程も申し上げました通り、このドレスはかなり黒に近い色でございますから、殿下もお選びになったのだと思います。明るい紫でしたら、お選びにはなっていないはずですので」
「そうよね……気にするほどの色じゃないってことなのかしら」
「はい、お気になさらず、一番お好きなドレスでよろしいかと」
「わかったわ。私、この濃紫のドレスにするわ」
カリスは、ユリアンの厚意を素直に受け入れ、一番のお気に入りのドレスを着られることに、胸を躍らせていた。
しかし、この濃紫のドレスが、翌日のパーティーでユリアンの彼女への想いを周囲に知らしめ、ウワサ好きな侍女たちの話題の中心になるとは、この時のカリスには知る由もなかった。