【本編24 冒険編】「押し花の依り代」

大人も楽しめる絵本のイメージで物語を書いています。
よかったら読んでください😊
#本編24 冒険編
リーフがテラに花束を贈って、ほんわかしたふたりの時間を過ごした翌朝。まだテラもリーフも寝ているであろう、早朝のこと。
ヘリックスはファルに確かめておきたいことがありました。
それもなるべく早めに確かめたかったこと。
ヘリックスはファルを起こして、訊ねました。
「ねぇファル。リモから貰ったもので、今でも持ってるものある?」
「こんな早くに起こして何かと思ったら…ひとつだけ持ってるよ。これだけは手放せないっていうか」
と言いながら、ファルはバッグの中から1冊の小ぶりな本を出しました。
本にはしおりが挟んであり、そのしおりはピンク色のスターチスのドライフラワーが押し花になっていました。
「やっぱり。ファルが持っていたのね」
「なんだ?どうしたんだ?」
「これ、リモの依り代よ」
ファルが肌身離さず持っていた、過去にリモから貰ったしおりは、リモの依り代でした。
ファルはそれとは知らずに、ずっと大切に持っていたのです。
「ええっ!依り代ってあれだろ、ヘリックスもリーフもだが、依り代から顕現するんだよな。このしおりはリモと契約してすぐくらいの頃に貰ったんだ。大切にして、いつも持っててって…これが依り代だったのか」
「そうよ。リモはずっと、ここにいたってこと」
「そんな……もうずっと前に離れたと思ってたのに、こんな近くに…すぐそばにいたなんて…」
「リモとの契約は切れてるけど、契約が切れたからってそれで依り代が持てないわけじゃないから、ずっとそこにいたのよ、リモは。ただ、ずっと依り代の中にいたんでしょうね。最近になってファルの所に突然現れたり、どうやって?って思ったのよ。契約が切れたら依り代は燃やすか壊すか、精霊が持つか。精霊が持つにしても、精霊は元々宿っていた場所、宿っていた場所が遠いなら精霊界へ瞬時に戻るの。だから、ファルが依り代を持ってるのかなって見当はついたけど」
ファルはすぐに、リモの依り代に優しく穏やかに呼びかけました。
「リモ?出てこないか?君に会いたいんだ」
すると、スターチスのドライフラワーの押し花からぼんやりと光が射し、リモが顕現しました。

「ファラムンド…」
リモが現れた瞬間、ファルの心に溢れる感情が込み上げてきました。
「リモ、こんなに近くにいたのに…気付かなくてごめんな」
そう言うなり、ファルはリモを優しく抱き寄せました。
ファルとリモは人と精霊ですが、150年もの間ふたりは恋人として過ごしてきた間柄だったのです。
「リモ、どうしてこんなことになったの?」
「ヘリックス……私、ファラムンドに子どもを…もってもらいたくて…」
「でもリモは、永遠に変わらない愛、変わらない心、途絶えぬ記憶、あなたがファルを忘れるわけがないのよ。ただ、人の気持ちを引き立てるから、ファルの弟や妹を想う気持ちが引き立ってしまったのね。ファルって誕生日はいつなの?」
「俺は8月7日だよ。なんでだ?」
「赤いサルビア。誕生花よ。家族愛、それも相まってってところかしら」
「私が悪いの..ごめんね、ヘリックス…」
「でも、リモはそれでいいの?ファルが子どもをもつってことは、誰かと結婚したり他の誰かを愛するのよ?」
「………」
リモは言葉に詰まります。
「俺が子ども好きで、年の離れた弟や妹のことをいつも思い出して口にするからって、変な気を回して俺に子どもをと思ったのか…それで子孫繁栄を約束するヘリックスに会わせたんだろう?それがリモの願いなら、俺はそうするよ」
ファルがとても悲しそうに、そしてとても寂しそうに言いました。
「ファラムンド…そのしおり、もう燃やしてほしいの」
「…燃やしたらどうなるんだ?」
「精霊界に強制的に帰るわ」
ファルはリモをじっと見つめているのに、リモはファルの目を見ることが出来ず、視線を合わせません。
「それがリモの願いなのか?」
「そうよ…」
俯いたままのリモの言葉を、ファルはそのまま受け取ることが出来ません。本心だとはとても思えないのです。
「ヘリックス、さっき言ってたよな。永遠に変わらない愛、変わらない心、途絶えぬ記憶、あなたがファルを忘れるわけがないって」
「ええ。精霊は花言葉に由来した性質を持ってる。霊核に刻まれたこの性質は絶対なの」
「だ、だって…ファラムンドがいつまでも依り代を処分しないから……依り代がある以上、そこに顕現してしまうの。依り代は燃やして。二度とファラムンドの前に現れない…」
「なあ、ヘリックス。そうしたら、リモの気持ちは変わるのか?」
「変わらないわ。永遠にファルを想い続けるだけよ」
ファルはリモをじっと見つめます。リモの本当の気持ちを聞きたいのです。
「ファラムンド…私のこと嫌いにならないで。それだけでいいから…」
「君を嫌いになんてならないよ。君と離れて50年経ったけど、俺はその50年の間に子どもを持たなかった。結婚もしなかった。なぜだと思う?俺は長く生き過ぎたんだ。周囲の人はみな知らない人ばかりで、どこか遠くにいる人間みたいだった。この世界で俺は孤独だった。
精霊からはよく声をかけられたが、契約はしなかった。君を愛しているからだ。ヘリックスと契約したのは、君がそうしろって勧めたからだよ。君の願いはなんでも聞くのが俺の役目だからな。
ヘリックスが世代交代、子孫繁栄だと聞いて、わかったんだ。そういうことかってね。俺は50年間、どうして君が俺との契約を解除したのか、そればかり考えて生きて来たんだ」
ファルのリモを想う気持ちは離れていた50年間もずっと変わらず、むしろリモを想う気持ちは積もる一方でした。
「もう。リモ?あなた、素直にならないとだめよ?リモはファルに子どもをもたせてあげたいと思ったのでしょうけど…それは人の気持ちを引き立ててしまう自分のせいでもあるって思ったからなんでしょうけど、でも、ファルの気持ちはどうなるの?ファルはこんなにリモを愛しているのよ?それに、リモだってファルを愛している。愛し合っているのに、離れ離れになる必要ないわよね?元のさやに納まったらどうなの?」
「だけど、それだとヘリックスどうなるんだ?」
「私は別に構わないわよ笑 また守り人を探すだけよ」
「そうか。ありがとう、ヘリックス」
ヘリックスにお礼を言うと、ファルはリモの目の前に歩み出て、リモの体を引き寄せ、リモの薄いピンク色の瞳を見つめながら穏やかな表情で優しく問いかけます。
「リモ、君はどうしたい?君の本当の願いを、心からの願いを、教えてくれないか」
しばしの間をおいて、リモがようやく口を開きます。
「私……ほんとは離れたくないの…あなたに触れたくて、触れられたくて、寂しかった…」
消え入りそうな小さな声で本当の願いを声にして紡ぐと、リモの潤んだ目から一筋の涙がこぼれ頬を伝います。
「また俺と契約してくれるか?」
ファルの温かい手がリモの頬に触れ、優しい指先がリモの涙をぬぐいました。
「……愛してる…ファラムンド…あなたと口づけ、したい…」
「もう二度と俺の前からいなくならないでくれな。愛してる、リモ。俺は永遠に君のものだよ」
そう言ってファルはいつものようにニカッと笑ったのでした。
リモとの契約方法は、唾液の交換、つまり、口づけです。
ふたりはお互いを抱き寄せ、存在を確かめるように軽めの口づけを交わしました。
そして、抱き寄せ合い見つめ合うふたりは、どちらからともなく自然にゆっくりと距離を縮め、唇を重ねます。50年の寂しさと愛の渇望を埋めるように、深く長い口づけを交わし、ファルとリモは50年ぶりに再契約したのです。